かなり時間が空いてしまいましたが、 「譜読み」の続きです。 前回までのブログ(↓)では 譜読みの 文章的 な側面→譜読み~その1 譜読みの 建築物的 な側面→譜読み~その2 譜読みの 脚本的 な側面→譜読み~その3 様々な音楽の要素を 多角的に比較 することで、 楽曲の持つ 多層性や文脈に 気付くことが出来る というお話しをしました。 今回は 『楽曲に存在する Tiefsinn =万物を貫く普遍性(核心) とは?』 という問いについて 綴っています。 これはある意味 とても根源的かつ 個人的な質問です。 「楽曲に核心なんか存在しない」 という人もいます。 音楽を音楽以外のものに 例える事に 違和感を覚える人もいます。 ですから、 ここでは 「明確な答えはない」 というのが 無難なのかもしれません。 しかし、 せっかく ここまで 読んでくださった方々への 感謝の気持ちを込めて、 私なりの 答えを綴ってみようと思います。 相変わらず 前置き長くてごめんなさい! * ここから本題! 突然ですが この写真を見てください。 Photo by Fabrice Villard ↑ この写真に写っているものは何でしょうか? 多くの人は 「これは木だ」と 答えたと思います。 (違う答えも大歓迎です! またその議論は別の場で!) ほとんどの人が 「この」木を見たのは 初めてだったにも 関わらず なぜ多くの人が そのように 答えたのでしょうか? 「この」木に あらゆる木に通じる 木の普遍性 を 見出したからです。 「木が木たらしめる為に 不可欠なもの」 ↓ 木の『核心』 であるとすれば 「ある楽曲を ある楽曲たらしめる為に 不可欠なもの」 ↓ その楽曲の『核心』 ということは 出来るでしょうか? 少し 詭弁っぽいですが 、、、。 (笑) そして、 作品の核心は 楽曲の『像』を ハッキリと描く ことで 浮かび上がってくる ように 感じます。 但し、 この『像』は 物理的、 具体的 なものだけでなく 「概念的」 なものも含みます。 (またこのことについては 別の機会に詳しくお話しします。) さて、 これは、 特にロマン主義的な見方 、 そして シェンカー理論(※)にも 少し繋がるお話ですが、 ゲーテやヘーゲルなどの思想家は 楽曲を 「 一つの有機体 」として 捉え...
ピアニスト♪佐藤恵美子のブログ