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ピアノワンポイントコラム⑧身体のこと~その3「心と身体」




『脳が指に追従するのではなく、常に指が脳に追従するように弾きなさい。』

ーワシーリー・サフォーノフ*


『和音は、手ではなくて頭で準備されるべきです』
—レオニード・ニコラーエフ**

『(サマーリィ・)サフシンスキーは休息について「休息は練習そのものと同様に大切だ」という風によく話していた。既に学んだ事柄が時間をかけて定着する過程を “Taking root (根付く)” と表現した。』***




引き続き
音楽家にとって
「自分の身体を知る」ことの
大切さについて
お話ししています。


今回は


③自分の身体のコンディションに気づく。
④自分の心のコンディションに気づく。

についてお話しします。



③自分の身体のコンディションに気づく。



以前、習い始めて間もない

生徒さんの親御さんから


「家で練習する時に、

椅子の高さを床から何センチ

設定すればよいですか。」


というご質問メールを

受けた事があります。


私は、


コンディションに差があるので、

固定数値は差し上げられませんが、

座って、鍵盤に手を掛けてみた時の

肘の高さで、、、」


と図面を使って

ご説明しました。


しかし、

実際には

この答えでも

不十分です。


私が

「固定数値」や

「絶対的な身体のフォルム」

を明言のを

避ける傾向があるのは、


多くのことは

「コンディションによって変化する」

からです。


椅子の高さは

その最も

分かりやすい例の

一つです。


座る位置(床からの高さ)は


ーピアノの足の長さ

ーインシュレーターの有無

ー着用している服の分厚さ

ー靴の厚さ

などの

影響を受けて変化します。


日々身体の大きさが

変化している

成長期のこどもさんなら

なおさら注意が必要です。



身体のコンディションのみならず

天候や気圧の変化などにも

意識を向けてみると、


より有意義な

ピアノとの対話が

可能になります。


例えば、


「普段に比べて

楽器の鳴りが芳しくない」


といったような

問題一つをとっても

様々な要因

考えられます。


(鍵盤に触れる位置や速度、

腕の振りや手首のしなり、

椅子の高さ

などを調節して

響きの改善を試みることを

前提とした上で)


湿気のせい」

除湿器をオンにする。



調律の不具合

調律師に電話



体調がすぐれない」

練習を休む



といった風に

身体や環境の

コンディションの変化に

気付くことで


見当違いな

エネルギーの浪費を防ぎ、

各要因に応じた

より適切で具体的な対策を

取ることが出来ます。



最後のポイントです。



④自分の心のコンディションに気づく。


自分で書いておきながら

言うのも何ですが、


は「心」と「身体」

分けて話すことに

うっすらと違和感を

感じています。


なぜなら

身体と心は繋がっている

と感じるからです。


心がどこにあるかという

議論はさておき(笑)

一般的に、

心に起こる現象は


「感情」=情緒的な心

「マインド」=理性的な心

「スピリット」=精神


などと区別されますが、


これらのコンディションは

身体のコンディションと密接に

関わっています。


「心」


といった

広義で曖昧な表現に

抵抗を感じられる方も

いらっしゃると思います。


ただ、

年齢を重ねれば重ねるほど、

心と身体の密接な関係

心が身体に及ぼす影響

についてより深く

考えさせられます。


身体の特定の部位や動作

ばかりに意識がいって

身体の司令塔であり

オアシスである

「心」を疎かにしては

本末転倒ということに

なりかねません。


懸念や寝不足などで

心(脳)からの活発な指令が

滞ってしまえば、

細やかで複雑な動作に

ほころびが生じます。


また、


過度の緊張や

強迫観念によって

心(心臓)が乱れると、

心拍数が上がり、

力みが生じ

普段の様に

身体が動かなくなる

ようなことも

起こりえます。


逆に、


ふっと、気が和らいで

無駄な力が抜けた時

弾けなかった

パッセージが

急に弾けるように

なったり、


心に

ちょっとした

イメージを描いただけで

複雑な動作が

一瞬で出来てしまったり

ということも

起こるわけです。



Photo by Yoann Boyer
Infinity by Yoann Boyer
 

音楽家には
完璧主義の人も多いです。

人前で演奏する
ということは
様々なプレッシャーを抱えます。

心のコンディション
意識を向けることは

こういった
心の負荷にも
対応できるような
心身を養うことに
繋がります。



身体と心のコンディションに注目した
アレキサンダーテクニックをはじめ

昨今では
音楽家に特化した
メンタルトレーニングなども
充実してきているようです。

息の長い活動を見据え、
自身(生徒さん)の
ポテンシャルを
存分に発揮するためにも
身体と心のコンディションには
常々気を付けて
いきたいです。


最後に。

最も大事な「呼吸」

についても

書きたかったのですが、

更に内容が

膨らんでしまうので、

またいつか別の機会に

お話しできればと

思います。


お読みいただきありがとうございました。



***


さて、次回は


譜読み、和声感、個性のことなど

掲載予定ですが、


しばらくお休みしていた

留学体験記にいったん戻って

博士課程のことや仕事のこと

マネスでの体験

その他いろいろなハプニングについて

綴っていきたいと思っています。


何かご興味のあるトピックがあれば

ご意見お聞かせください。




【出典&原文】
“Play always so that your fingers follow your brain, and not your brain your fingers.”
ーMaria Safonov, The Unpublished biography of Wassili Safonov, 30. 

”chords should be not prepared in the hand, but in the head.”
ーSamari Savshinsky, Leonid Nikolaev. Pianist. Kompozitor. Pedagog, 124.

"...Savshinsky often talked about rest in practice, these rests being as important as the practice itself. Savshinsky talks about the expression 'taking root,' which describes a process of settling down of already learned material."
ーGabriel Escudero Braquehais, “From ST. Petersburg to NEW YORK.
The ST. Petersburg Piano Tradition (1889-2012). From Vasily Safonov To Arkady Aronov,” 68.


ワシーリー・サフォーノフ:ピアノ教師、指揮者、作曲家。レシェティツキの弟子。モスクワ、サンクトペテルブルク、ニューヨークで教鞭をとる。弟子にスクリャービン、ジョセフ・レヴィン、メトネル、レオニド・ニコラ―エフなどがいる。


**レオニード・ニコラーエフ:サフォーノフの弟子。弟子にショスタコーヴィチ、ソフロニツキー、サマーリイ・サフシンスキーなどがいる。


***サマーリイ・サフシンスキー:ニコラ―エフの弟子。サンクトペテルブルク音楽院ピアノ科教授。科学と心理学も学び、ピアノ教育本や音楽批評など執筆活動も盛んに行う。弟子にヴィタリー・マルグリス、アルカディ・アロノフ、ラザール・ベルマンなどがいる。