(前回のブログ:マネス音楽院についてPART1) マネス音楽院の 最大の特色のひとつは、 音楽理論系の充実です。 長年当校で教鞭をとる名教授、 カール・シャクター氏 は、 指揮者フルトヴェングラーや ピアニストマレイ・ぺライアにも 多大な影響を与えたといわれる 「シェンカー理論」研究 の第一人者です。 入学時に 対位法の授業の先生に、 「この学校に入ったのなら、 必ずシャクター教授の授業を とるように」 と強く勧められ、 4年間 シャクター博士の授業を とり続けました。 シャクター博士による 「演奏家のための楽曲分析」 という授業では、 様々な楽曲を 凄い切り口から読み解いていき 楽譜上の発見を 演奏者としてどのように 表現していくかを 考察するのですが、 3Dの隠し絵が見えた時のような 感動を何度も味わいました。 * 当時革新的だった シェンカー分析を 早々に取り入れたことにも 見られるように 創立者の デイヴィッド・マネスは、 専門実技だけでなく 音楽家としての 総合的な知識やスキルの充実を 学校の理念の一つに 掲げていました。 今回、ブログを書くにあたり 卒業時にいただいた 創立者 デイヴィッド・マネスの自叙伝を 初めて読んでいます。 彼の生い立ちや、 彼がどのような思いで 学校を設立したのかという事が 綴られています。 創立当初に 教師として招かれた アルフレッド・コルトー 、 エルネスト・ブロッホや パブロ・カザルスとの交友録も さることながら、 私が特に注目したのが、 マネス氏が、当時はまだ珍しかった 「公共の場での開かれたコンサート」を 開催することに尽力したくだりです。 彼は、19世紀の初め、 コンサートホールなどにおける どちらかと言えば、窮屈で形式ばった いわゆる「閉鎖的」な 当時のクラシックの演奏会の在り方に 疑問を感じ、 その場に居合わせた 誰もが立ち止まって 耳を傾けることのできるような、 「開かれた」コンサートの普及に 努めました。 当時の常識を覆した 「メトロポリタン美術館での無料コンサート」の 初開催に携わり、 指揮者として 1917年から1941年まで参加、 公共の場における無料コンサートの 実現、 普及に貢献しました。 マネス氏の自伝には 人種や社会的地位に関わらず、 様々なバックグラウンドを持つ人々が 美術館の一角に...
ピアニスト♪佐藤恵美子のブログ