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ピアノワンポイントコラム⑤聴く~その3「精神的静けさとは?」

前回は
「聴かない」または「聴けない」理由
として

A.「環境的な静けさの欠如」

という観点から
お話ししました。


もちろん環境と精神は
繋がっているので
完全に切り離すことは
できませんが

今回は

B. 「精神的静けさの欠如」について

①頭の中の交通渋滞
②過度の緊張
③自分と向き合う恐怖

という3つの具体例と共に
考察してみます。


*


①頭の中の交通渋滞

楽譜に書いてあること、
先生に注意されたこと、
「ああ弾きたい」
「こう弾きたい」
・
・
・
心に浮かんでくることは
いつも山ほどあります。


一方で
長時間休みなく弾くことで
集中力が途切れ
全く関係ないことばかりを
考えてしまうこともあります。


いずれにせよ、
何かを考えている最中は
そちらに
気を取られてしまうので

多くのことが
頭を占めれば占めるるほど
どうしても
「聴く」ということから
遠ざかっていきます。



演奏は
作品、楽器、共演者、
そして
聴いてくださる方たちとの
「対話」です。


「何をどう話そうか」
ということばかりに
囚われてしまうと
相手の反応や返答を
聞き逃してしまいます。



②過度の緊張

適度な緊張は集中力を
高めるのにプラスに働くことも
ありますが、

過度に緊張すると
冷静に、客観的に「聴く」
ことが難しくなります。

(逆に周りの雑音ばかりに
意識がいってしまって
自分の音に注意を
向けられないことも
同様です。)


心のメカニズムの
専門家ではないので
あまり踏み込んだことは
書けませんが、

演奏家にとって、
パフォーマンス時の心の状態と
「聴く」ことには
深い関わりが
あるように感じます。




③自分と向き合うのが怖い

②にも関連していることですが、、、

ここで、
少し爆弾発言します。


「聴けない」

原因の一つとして

「実は聴きたくない」

という感情が潜んでいる
可能性はないでしょうか?


少なくとも
私の場合はそうでした!


自分が今出している音
||
自身の現状

を知るのが怖い。


理想や憧れが
強ければ強いほど

おそらくそこから
かけ離れているであろう(←私の場合)
現実の自分の姿と
向き合うことは
時として勇気が要ります。


Reflection by Emiko Sato


自分を鏡に映して
隅々までじっくり
眺めるような感覚。

鏡では映しきれない
頭の中、心の中まで
覗き見る感覚。


なぜ私があえて
この話をするのか。

それは
このことに気づけた時、

自身の音楽との
向き合い方が
ガラッと変わったように
感じたからです。

「えぃっ」と
勇気を振り絞って
本当に自分が出している音に
耳を傾けた時、

至らない部分
||
可能性 (改善の余地があること)
を

具体的に
認識することで

「聴く」ことと向き合わず
無闇にもがいていた
状態から脱し、

解決の糸口が
見えた
ような気がしました。

*

「自身の感情と向き会う」
云々かんぬんは

さておき、

「じゃぁ、何も考えないで弾くの?]


という質問が聞こえてきそうです。


私の場合は、

考えます。

なるべく弾く前に!!!

楽譜読んで
あれこれ思いを巡らせて、、、。



禅マスターではないので
「全く何も考えない」
ことは無理だし、

弾きながら
色々意識すべき事があるのも
事実です。

ただ、

いったんピアノの前に座って
音を出した瞬間は
その音の響きに
耳を傾けてみる。
・
・
・

ということを心がけています。


長々と綴ってしまいました。

『「聴く」ということについて』

いかがだったでしょうか?



***


次回は

お楽しみに♪