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My alma mater マネス音楽院について PART 3 〜学校の雰囲気と特色

  前回のブログ: マネス音楽院についてPART2 ↑ マネス音楽院について PART1 留学を決めてから、 色々な音楽学校から 募集要項や学校案内の パンフレットを取り寄せました。 色々な学校のパンフレットを 見比べていく中、 セピア調の表紙の パンフレットを 手に取ったとき、 懐かしいような 不思議な感覚がしました。 マネス音楽院のカタログでした。 なんと!まだありました! 今から20年前のマネス音楽院のカタログ 教授陣のリストや カリキュラムなどを見ていくうちに、 ますます好感度が アップしていきました。 「この学校に行きたい。」 マネス音楽院と マンハッタン音楽院に 出願を決めました。 * 少し話が横道にそれますが、 アメリカ、NYの音大といえば 何といっても ジュリアード音楽院の名前が 真っ先に挙がるかと思います。 のんびりとやってきた 当時の自分の実力では まず受かることは ないだろう、 と無意識に 感じていたのだとも 思いますが、 最終的に 出願しなかった 決定的な理由は 願書を取り寄せた時点で プリ・スクリーニング オーディションという ビデオ予備審査の 〆切に 間に合わなかったことです。 ただ、 アメリカの事情を知って 改めて言えることは、 例え〆切に 間に合わなかったとしても、 予備審査に提出した 演奏が評価され、 先生方や アドミッション (入学事務課)の 許可さえ下りれば 現地オーディションに 呼んでもらえる 可能性も充分あると思います。 このことに関しては また別の機会にも お話ししますが、 米国の大学は その辺の融通が割と 効きます。 要項の条件を 全て満たしていないからといって、 あっさりとあきらめるのではなく、 まずはメールなどで 問い合わせてみることを お勧めします。 * 出願後、 現地オーディションを受けました。 マンハッタン音楽院とマネス音楽院を 受験したのですが、 両校を訪れた時の印象は すごく対照的でした。 一言でいえば、 マンハッタン音楽院は 大きくて、大人数。 マネス音楽院は (すごく)  小さくて、少人数。 当時のマネス音楽院には 食堂すらありませんでした。 その代わり、 縦に細長い古い ビルディングの五階に 「リビングスペース」のような、 ソファが囲んで置いてある スペースがあって、 〈WELCOM...

My alma mater マネス音楽院について PART 2〜歴史と教育理念

(前回のブログ:マネス音楽院についてPART1) マネス音楽院の 最大の特色のひとつは、 音楽理論系の充実です。 長年当校で教鞭をとる名教授、 カール・シャクター氏 は、 指揮者フルトヴェングラーや ピアニストマレイ・ぺライアにも 多大な影響を与えたといわれる 「シェンカー理論」研究 の第一人者です。 入学時に 対位法の授業の先生に、 「この学校に入ったのなら、 必ずシャクター教授の授業を とるように」 と強く勧められ、 4年間 シャクター博士の授業を とり続けました。 シャクター博士による 「演奏家のための楽曲分析」 という授業では、 様々な楽曲を 凄い切り口から読み解いていき 楽譜上の発見を 演奏者としてどのように 表現していくかを 考察するのですが、 3Dの隠し絵が見えた時のような 感動を何度も味わいました。 * 当時革新的だった シェンカー分析を 早々に取り入れたことにも 見られるように   創立者の デイヴィッド・マネスは、 専門実技だけでなく 音楽家としての 総合的な知識やスキルの充実を 学校の理念の一つに 掲げていました。 今回、ブログを書くにあたり 卒業時にいただいた 創立者 デイヴィッド・マネスの自叙伝を 初めて読んでいます。 彼の生い立ちや、 彼がどのような思いで 学校を設立したのかという事が 綴られています。 創立当初に 教師として招かれた アルフレッド・コルトー 、 エルネスト・ブロッホや パブロ・カザルスとの交友録も さることながら、 私が特に注目したのが、 マネス氏が、当時はまだ珍しかった 「公共の場での開かれたコンサート」を 開催することに尽力したくだりです。 彼は、19世紀の初め、 コンサートホールなどにおける どちらかと言えば、窮屈で形式ばった いわゆる「閉鎖的」な 当時のクラシックの演奏会の在り方に 疑問を感じ、 その場に居合わせた 誰もが立ち止まって 耳を傾けることのできるような、 「開かれた」コンサートの普及に 努めました。 当時の常識を覆した 「メトロポリタン美術館での無料コンサート」の 初開催に携わり、 指揮者として 1917年から1941年まで参加、 公共の場における無料コンサートの 実現、 普及に貢献しました。 マネス氏の自伝には 人種や社会的地位に関わらず、 様々なバックグラウンドを持つ人々が 美術館の一角に...